Olea Flora

「心を自分でケアする力」を楽しく学び、元気になる集い

曇りや歪みのない鏡

私自身では自分を計ることが出来ません。
私(自分)を超えた視点からそれを知ることが出来ます。
では、どこにそれ(超えた視点)を設定するか。

親、先生、宗教者、社会性かもしれないし
自然界のものや身近なペットかもしれない。

それらいろいろな視点から自分を知るわけですから、
その鏡が「確かな鏡」であることが重要になります。
「確かな」とは、鏡の前にいる人の姿を
「ゆがみのないそのままの状態で映す」ということです。

もし、自分自身が“ゆがみのない鏡”を持ち、
それによって生きているとすれば「霊的な健康」と言えます。
この鏡との関係の中から学び実践していこうと生きることが
“spirituality”なのではないでしょうか。


これは、数年前に私が知人の誘いで参加した
ある「聖書研究会」で、神父様がお話しくださった内容の一部要約です。
当時、私は娘を産んで間もない頃でしたので
「この子の正しい鏡にならなくては」と、身を引き締めた思い出があります。

私は、どんな鏡に自分を映して生きてきたのだろうか。

そして、今の私にとっての「確かな鏡」とは、何なのか・・・
自然界や宇宙に満ちている大きな力(法則)、自分そのもの(魂)
バッチ博士の考え方・・・
改めてじっくり考えてみたいと思いました。

それから、もうひとつ。
自分が誰かの「鏡」として、「ゆがみなく」存在できているのか。
身近なところで言えば、娘に対して「確かな鏡」でいないことが増えた私。
そして、プラクティショナーとして、どれだけ相手の姿をシンプルに映せただろうか。

自分が、幸せで落ち着いた状態であり、周囲に対する尊敬や愛情を持っていなければ
誰かを歪めて映してしまうかもしれません。
バッチ博士の言われる「ユニティ」の概念にも繋がるテーマですね。


By C

別窓 | その他 | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<レメディからのインスピレーション | Olea Flora | プラクティショナー登録更新>>

この記事のコメント

 文章拝読させていただきました。他人は自分の在り方を教えてくれる・・ならば他人の言動を自分に置き換えて襟を正すことが必要になってきますね。謙虚に生きるとは・・外的な現象に一喜一憂すことなく自分自身を常に客観的に冷静に見つめることだと感じています。ではまた。
2010-11-11 Thu 20:09 | URL | 武智昭洋 #2svZrEBc[ 内容変更] | top↑
こんばんは。
いつもコメントを寄せてくださりありがとうございます。

>外的な現象に一喜一憂することなく…
相手の言動が自分を批判するものでも、讃えるものでも
"私を正しく"表したものかはわかりませんね。
客観性、大きな視点を持ち続けてゆきたいと思いますv-354


2010-11-11 Thu 23:23 | URL | オレア・フローラ #-[ 内容変更] | top↑
∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| Olea Flora |